顕微鏡の基礎

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2. 顕微鏡の光学系

顕微鏡光学系は基本的に結像系(対物レンズ、結像レンズなど)、観察・記録系(接眼レンズ・投影レンズなど)、及び照明系(コレクタレンズ、コンデンサレンズなど)から成ります。図2-1に代表的な光学顕微鏡(正立生物顕微鏡)の光路図を示します。

図2-1 生物顕微鏡の光路図

2.1 対物レンズ

先に述べましたように、対物レンズは顕微鏡の性能を決定付ける最も重要な部分です。大手の顕微鏡メーカでは百数十種類もの対物レンズをラインナップしていますが、それらを大別すると性能、用途、倍率によって分類されます。

このうち性能は主に収差(レンズによる結像の理想像からのズレ)の補正の程度により分類されます。

  1. アクロマートAchromat:赤及び青の二つの波長に対し色収差を補正。
  2. アポクロマートApochromat:赤、青及び緑の三つの波長に対し色収差を補正。
  3. セミアポクロマート(フルオリートFluorite):アクロマートとアポクロマートの中間レベルの補正。
  4. プランPlan:視野中心と周辺までが同時にピントが合うように像面湾曲や非点収差を補正。

したがって、最も標準的な対物レンズはアクロマート、最高級対物レンズはプランアポクロマートになります。図2-2に a)アクロマート、b)プランアクロマート、c)プランフルオリート、d)プランアポクロマートの各10×対物レンズの構成と、視野中心の球面収差・色収差、視野周辺の像面湾曲の例を示します。また構成図の中のピンク色のレンズは、蛍石(フルオリート)と同等の光学特性を持つ特殊低分散ガラス(EDガラス)であることを示しており、高度の色収差補正を可能にしています。

図2-2 各種10倍対物レンズの構成と収差図(上段左:色収差・右:像面湾曲)
図2-3 最高級対物レンズ

図2-3は最高級対物レンズPlanApo100xoilの枠を含む断面図で、8群15枚ものレンズから構成されています。

次に用途による分類ですが、まず生物用と工業用(金属用)に分けられます。生物用はカバーガラスの厚さ(通常0.17mm、培養用は1mm前後)を考慮した設計になっていますが、工業用はカバーガラスは考慮しません(厚さ0mm)。ただし、生物用対物レンズにもノーカバー(血液塗抹標本用など)が、また工業用対物レンズにもカバーガラス対応(液晶パネル検査用など)のものがあります。また工業用対物レンズでは、機械筒長が有限の場合、反射照明系が結像光路に配置される分だけ生物用に比べ機械筒長が長くなるため互換性がありませんが、両者とも無限遠補正に統一されていればこの理由はなくなります。

さらに観察法の種類によってもそれぞれの専用対物レンズがあります(6章参照)。位相板を内蔵した位相差用対物レンズ、光学ひずみを除去した偏光用・微分干渉用対物レンズ、近紫外の透過率を高め自家蛍光の少ない光学ガラスで設計された落射蛍光用対物レンズなどがそれです。しかし、最近になってこうした観察法が複合して使われることが多くなると、すべての観察法に適合できる対物レンズシリーズが要望されるようになりました。こうした設計条件をすべて満足し、それぞれの観察法でも優れた性能を発揮する、いわゆるユニバーサル対物レンズの開発はけっして容易ではありませんが、設計・製造技術の進歩、新しい光学ガラスの開発、コーティング技術の向上などにより、大手メーカー各社で実現されるようになってきました。図2-2のc) 及びd) はユニバーサル対物レンズです。

このほか対物レンズには以下の機能を有するものも市販されています。

  1. 補正環付き対物レンズ:カバーガラス付きの試料を観察する場合、特に高倍率・高開口数の乾燥対物レンズは、カバーガラス厚が設計値からずれていると性能が劣化するため、補正環(Correction collar)により内部のレンズを光軸方向に移動させて補正する機構を有するものです。
  2. 開口絞り付き対物レンズ:高開口数の液浸対物レンズで暗視野観察を行う場合、暗視野照明光が対 物レンズ内に入りコントラストを著しく劣化させるため、開口絞り機構を対物レンズ内に組み込ん だものです。
  3. 長作動距離対物レンズ:対物レンズは一般に倍率や開口数が大きくなるほど作動距離が小さくなり ます。このため工業用顕微鏡や培養顕微鏡などでは、作動距離を特に大きく設計した対物レンズが 用意されています。
  4. 赤外対物レンズ:波長が800 nm〜2000 nmの近赤外域において高い透過率や像性能を有するもので、 赤外用TVカメラを使って観察します。半導体の検査やレーザリペアなどに有用です。
  5. 紫外対物レンズ:波長が240 nm〜400 nmの近紫外域において高い透過率や像性能を有するもので、紫外用TVカメラを使って観察します。

対物レンズの倍率は、ISOやJISに規定された値をベースに設定されています(ISO 8039, JIS B 7254)。極低倍(1×や2.5×など)から超高倍(150×や250×など)がありますが、通常は4×(5×)、10×、20×、40×(50×)、60×、100× の組合せが一般的です。また16×、32×、63×などの倍率を持つ対物レンズがありますが、これらは標準数R10(10の10乗根:ISO3)をベースにした数列に基づいています。

対物レンズの表示は、ISO 8578, JIS B 7252に規定されており、製造業社名、種別、倍率、開口数、用途、機械筒長、カバーガラス厚、対物視野数などのほか、倍率や浸液を表すカラーバンドが付けられています。図2-4及び表2-1, 2-2にこれらの表示をまとめました。

図2-4 対物レンズの表示(例)
表2-1 対物レンズ倍率カラーリング
倍率値 1/
1.25
1.6/
2
2.5/
3.2
4/
5
6.3/
8
10/
12.5
16/
20
25/
32
40/
50
60/
63/
80

100
カラーリング














 

表2-2 対物レンズの液浸媒質カラーリング

媒質 空気 オイル* グリセリン その他
カラーリング 無印 オレンジ
*ISO 8038, JIS K 2400に規定する液浸油を示す